「言葉との出会い」

日ごとに暖かさを感じられるようになって、やっと新型コロナウイルス感染症も落ち着いてきたと思ったら、また感染拡大で、なかなか気を休められませんね。

ぽかぽか陽気に心躍るumiです。

新型コロナウイルス感染症の影響で、当たり前となったマスク生活。数年前だと、風邪や花粉対策、インフルエンザ予防のときにしか付けることもなかったマスクが、今や装着することが生活の一部になるとは思いもしませんでした。

中学・高校生のころ、使い捨てマスクは白ではなくピンク!というこだわりがありました。可愛いし、小顔に見えるという単純な理由で、ピンクマスクを選んでいた気がします(笑)

従来の生活とは異なる1年を過ごし、旅行や外食、ショッピングも気軽に行くことができず、心の機嫌もかなり左右されて、前向きで明るい気持ちを保つことが難しかったように思います。『言葉』や『身近な人の存在』、そして、自分自身と向き合う時間も増えました。

『人の顔色ばかりを見て、模範解答を言う人生はやめよう。』

この言葉に出会い、胸がキュッとなったと同時になんだか肩の力が抜けた気がしました。

私は、良くも悪くも八方美人気質で、その場その場で人の顔色や機嫌、空気感を察知し、穏便に、誰も嫌な思いをしないように努めていました。

そして、その振る舞い方が自分の当たり前となり、心に蓋をすることに慣れてしまいました。

本音を伝えること、異なる意見を言うこと、これを言ってしまったら相手はどう感じるだろう、不快にさせてしまったらどうしよう…とマイナスな思考になってしまい、自分の弱い心を必死に守っていたのかもしれません。

人の顔色ばかりを見て、模範解答を言い続けることは、相手のためを思う心のこもった言葉ではなく、表面上の冷たい言葉なのかもしれない……と思うようになりました。

たくさんの言葉が溢れる中で、自分の中にすっと入ってくる言葉に出会えることは、自分自身を支える

大切な材料なのだろうなぁと思います。

誰かと一緒にご飯食べる

目的もなくただただ一緒に歩く

何気ない日常を報告しあう

「またね」って別れをつげて、一日の楽しみと共に帰路につく

「一緒に居てくれること」はいつしか「一緒に居てくれたこと」へ移り変わる。

この当たり前が、当たり前ではない日常だと気付いたとき、ありがとうと感謝の気持ちが芽生え、自分の周りに居てくれる人を大切にしようと思うことができる。

だからこそ、顔色を伺い、模範解答のように誰もが言える返答をするのではなく、一言一言愛情を込めて、自分にしかない唯一無二の言葉を紡ぎ、伝えることが、またさらに一歩、関係を深めることへの築きとなるように思います。

コロナ禍で、気持ちが不安定になったり、消化できない思いが募ったりすると思います。

会いたい人に会うことができず、急に襲ってくる寂しさや不安と戦う日々を過ごしている方も多いのではないでしょうか?

その思いは少なからず、誰しもが抱く感情だと思います。

抱えきれなくなる前に、文字に起こしてみたり、誰かに声にして伝えてみたりすることで、自分の心に整理がついたり、共感の声があったり、新たな観点からの意見をもらえたりと、前向きな未来に思いを馳せるきっかけになるのでは…と思っています。

私自身、会いたい人に会えないことが本当に辛くて、言葉にできないモヤモヤをずっと抱いていました。

そして、やっと会えたとき、心の底から幸せで、笑みがこぼれ、この瞬間が一生続けばいいのにと願いました。

ただ銀天街や大街道を歩くだけなのに、

いつもの見慣れた景色なのに、それさえも新鮮で。

「こんなお店あったっけ?」

「今度行ってみたいね〜!」

この些細なやりとりが愛しく感じられて。

お城の下の公園は、桜が丁度満開で、季節の移り変わりを感じながら
写真を撮って、思い出を残す。

当たり前だと思う日常には、私を必ず想ってくれる人がいて。それは友達でも恋人でも家族でも。

自分の周りの人には、正直に、素直に、思いやりを持ってこれからも関係を築いていきたいなと思った散歩道でした。

まだまだ新型コロナウイルス感染症の影響で、自粛ムードが続きそうですね。

お家にずっといると、ストレスが溜まったり、運動不足になったりしますよね…。

筋トレやランニングが苦手な私は、好きな音楽を聴きながら、散歩してストレス発散しています。

知らない道を開拓したり、思わぬ発見があったり、かなり楽しい時間のように思います。

特に城山公園はいつ行っても時の流れをゆっくり感じることができる、最高の空間です。

一日でも早く、自由気ままにおでかけができる日常が戻りますように。

Writer:umi

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