深夜2時の交換日記「夏の頬と淡さ」



このままずっと触れていたい、そう思えることは、きっと、ひとつの愛の形だと思っている。

例えば、柔らかな頬をなぞるように、愛しむように触れて、目の前に存在していることを確認するように。

“触れる”という行為は他者を許容した上で成り立つものだと思うのです。

夏の雲のように雄大な存在をただ受け入れて、触れるままに信じてみる。

今回はそんなふうに誰かを思えたら、と願いながら、夏の終わりのしなやかな詩を書いてみました。

夏という、気怠くも無性にわくわくするような季節の中で、いつか、君を見つけられますよう。

どこまでも、どこへだって行けるように。

risa / Writer 

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コメント

コメント一覧 (3件)

  • いつも当たり前のように空に浮かんでいる雲だけど、いつも同じ形ではないんですよね。
    大切な人がいつもそばにいることの奇跡にときどきは気づいていたい。
    そして愛おしく思いたい。
    そう思いました。

  • 10代20代の他者に対する感覚は、あくまで僕の視点からですが、信じる→受け入れるのように感じています。
    自分の中で篩にかけて残ったものを摂り入れるかのような。

    なので、risaさんの「ただ受け入れて、触れるままに信じてみる。」という表現は、他者に対して謙虚で柔らかなお人柄が溢れたのかなと勝手に解釈しました。
    対象が遥かに雄大であるがゆえに自ずと…かもしれませんが、鑑みて振る舞いを考えなければと気づかせていただきました。

  • まさにその通りだと思います。触れるって大事ですよね。想像だけでなく五感で感じることが生きてる証だと思います。

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