「自分の好きを大切に」世界唯一の新たな手法「リソグラフxモーショングラフィックス」を手掛ける愛媛県出身のOka Hiromuさんが伝えたい想いとは。

Oka Hiromu
1993年生まれ。愛媛県松山市出身のモーションデザイナー。
モーショングラフィックスを主軸にアナログとデジタルをミックスした作品を手掛ける。
2019年よりシルクスクリーン印刷機「リソグラフ」を使ったコマ撮りアニメーションの制作活動を開始。
OTP(オトピ)という名称でVJ※1としても活動。

※1 VJとは、ビジュアルジョッキーの略称。クラブやコンサートなどでスクリーンに流れる映像を演出する人などを指す。

愛媛県の松山市出身、現在29歳のOka Hiromuさん。報道ステーションでのオープニング映像・ビジュアル起用や、現在開催中の道後オンセナート2022のWEBサイトローディングアニメーションの担当など幅広い活躍をされています。

テレビ朝日『報道ステーション』内にてオープニング映像・ビジュアル起用を担当

大学卒業までを愛媛で過ごしたOka Hiromuさんは、上京後にどのようにしてモーショングラフィックスを学んで知識を積み重ねていったのでしょうか。

今回は、Oka Hiromuさん自身のことをお伺いしました。

目次

愛媛で過ごした大学時代、そして東京でクリエイティブと出会うまで

Oka Hiromuさんは愛媛の大学に通われていたのでしょうか。

はい、大学受験がうまくいかなくて、初めは松山短期大学に通っていたんです。

県外の大学へ行くならば国公立以外は駄目だという当時の家庭の方針と、学費面のことも踏まえて浪人することができませんでした。それならばと思い、松山短期大学に通いながら愛媛大学へ編入を希望する進路を選びました。

その後、無事に編入試験に合格することができ、愛媛大学の農学部に進学することになりました。
ただ、農学部を選んだ理由も、当時の自分にとっては編入先として興味を持つことができたのが農業だけだった、それだけでした。

確かに地方では、進学先を選ぶにあたって県外、特に関東圏を選ぶことへのハードルが高い気がします。
当時からクリエイティブに関わる仕事に就きたいと考えていたのでしょうか。

いえ、その当時はクリエイティブに関連する事柄に強い興味があったわけではなかったんです。

愛媛大学に編入した後、フィールドワークで県内の集落を訪れる機会があったので、授業に活用するために一眼レフカメラを購入しました。それを機に写真を撮り始めるようになったことが「クリエイティブ」に興味を持った最初のきっかけです。

写真を撮ることに夢中になってから、技術ではなく機材の良し悪しによってクリエイティブが変わってしまうことに違和感を感じるようになりました。

もちろん、機材が良ければ良いものが生み出せるとイコールでは捉えていないのですが、実際、機材のスペックによってアウトプットの質は大きく変わります。

初心者でも高価な機材を買うと、良いセンサーや良いレンズをすぐ使えるわけですから、お金でクリエイティブを底上げできてしまうわけです。そんな即席なクリエイティブでもあっさり賞賛されてしまう当時の周りの環境に、嫌気がさすようになりました。

ただカメラ自体への興味はまだ残っていたので、今度は別の角度で「映像」に興味を持つようになりました。とはいえ実写だと一人ではコントロールが難しい部分がたくさんあるので、自分の技術のみで完結する「モーショングラフィックス」にたどり着きました。

モーショングラフィックスと出会って「好き」を原動力に

新しいことを始める際に戸惑いはなかったのでしょうか。

戸惑い以上に、やりたいなと思った純粋な気持ちに従って、チャレンジしてみることが大事なのかなと思います。やりたいならばやってみたらいいんじゃないかな、と。

何とも、単純明快で気持ちの良い答えですね。その後、どうやって東京に行くことになったのでしょうか。

モーショングラフィックスを学びたかったので、大学4年生のときに1年間休学をして、東京でインターン先を探しました。

インターネットを使って、色々な会社にアポイントを取り続けた結果、縁あって東京の恵比寿の制作会社でインターンとして働かさせていただくことになりました。

見知らぬ土地、初めての一人暮らし…なぜ頑張れたのでしょうか。

楽しかったからです。元々学びたかった、好きだった分野だからこそ、日々の業務の中での1つ1つに、新しい発見や好奇心を持って取り組むことができたんじゃないかと思います。

結局は、自分のやりたいことと、選んだ環境がぴたりとはまったときにスキルがグンと伸びるんじゃないかと思います。その組み合わせが東京の制作会社で働いた1年ではマッチしていたので、苦しいことも多かったですが、最後までやり切れたのだと感じていますね。

あとは、最近になって「映像制作=副業で稼げる」といったキャッチーな言葉が並べられやすい職種になってきたなと感じているのですが、本当にやりたい理由を見つけられると、強いんじゃないかなと思っていて。

憧れや夢”だけ”を原動力に動いてしまうと実際ギャップがあったとき、頑張ることが難しくなる瞬間があるんじゃないか、と。

もちろん、入り口はそれでもいいと思うのですが、例えば、好きなアニメーション監督がいるとか、昔からアニメーションが好きだったとか。そういった「好き」を原動力にすると新しい学びを得たときに嬉しさを感じることができると思うんです。

だからこそ、何かにチャレンジをしたいと思っている人は一度、自分の「好き」に立ち返ってみて、その上で現場で必要とされているものを自分の目で見て、実際に知ることができたら良いのかもしれません。

僕が今回、Sea Sideさんのインタビューに出たかった理由の1つとして、学生時代に同じように迷っていたことがあったんです。

実際に東京へインターンに行って、目が覚めた部分があるので、同じように悩んでいる学生の方に、ぜひ伝われば嬉しいなと思います。自分が学生時代にこういったことを教えてくれる大人が欲しかったので。

あとは、継続をしていたら後から視野が広がったり、他の目的や目標が加わったりなど世界が広がることもあるので、まずは自分の「好き」を大切にしたらいいんじゃないかなと思います。

「好き」を原動力にまずは動いてみるということですね。
では、実際に動いてみて何か苦労したことはありますか?

東京で暮らすにあたって、住居面は苦労しました。
なかなか1年間契約の賃貸がなかったので、友人の家に泊まらせてもらったりシェアハウスを利用したりしました。

あとは、上京していきなり初めての業界で働くのは結構大変でしたね。

ただ、その1年があったからこそタフになったのかなと思うので、インターンが終了して愛媛に戻ってからも、東京と往復をしながら就職活動もできていましたし、大学卒業後、上京して別の会社に勤めた際も頑張れたのかなと思います。

また、就職後も色々なスキルを身につけていきたかったので、仕事をしながら映像の自主制作を行ってました。

「リソグラフ×モーショングラフィックス」世界で唯一の新たな手法とは

では、根本的な部分になりますが、なぜリソグラフ※2を選ばれたのでしょうか。

※2 リソグラフとは、理想科学工業が1980年(昭和55年)から販売している孔版印刷方式のデジタル印刷機。孔版印刷とは、クリーン状の版に微細な孔(あな)を開け、そこからインクを用紙に押し出す印刷方法。

アニメーションを作りたかったんです。
モーショングラフィックスは既存のデータを動かす手法なので1から10を作るようなイメージなのですが、対してアニメーションは0から1を作り出すような感覚なんです。

そもそも、この業界に入った頃からいつかアニメーション映画祭に作品を応募したいと思っていました。
しかし、私が作っているのはモーショングラフィックスなので、今のままでは応募する資格はないだろうと半ば諦めていました。とはいえ、ダメ元でアニメーションの定義を調べてみたところ割とアニメーションの定義自体が曖昧なことがわかったんです。

昔の定義としては、本来動かないものをあたかも動いているかのように見せればそれはすべてアニメーションとなるそうなので、それならば影絵や人形劇、パラパラ漫画もアニメーションの一部に含まれることになります。

その定義を踏まえると、紙に印刷してパラパラ漫画として動かしたら、自分の得意なモーショングラフィックスの見え方になるけれども、アウトプット上(定義上)はアニメーションにも当てはまるんじゃないかと考えたんです。

その点を踏まえ、さらに自分の思い入れのある表現はなんだろうと模索して、最初に辿り着いたのが理想科学工業株式会社さんの「プリントゴッコ」でした。当初はこれを使って一枚一枚コマ撮りアニメを作る予定でしたが、すでに生産終了していたので断念しました。そして最終的に辿り着いたのが同社の「リソグラフ」です。

▼『Fuji Rock Festival 2022』のモーショングラフィックスを担当

実際にリソグラフ×モーショングラフィックスをやっている人がいるのか調べてみたのですが、当時僕が調べた限りでは簡単な手書きのループアニメ作品はあっても、3DCGやモーショングラフィックスなどを組み合わせたヌルヌルと15秒以上動く、高解像度かつ本格的な映像を制作している人は見当たりませんでした。なので、先駆けてチャレンジしてみようと思った経緯があります。

よく見ると1枚1枚擦り方や用紙、機械によってニュアンスが変わるんです。デジタルだけでなく出力することによって、アウトプットとしてのアプローチの幅が広がりました。

偶然の産物で生まれたものを楽しむということでしょうか。

そうですね。特に日本は紙の種類も多いのと、リソグラフはインクも調合しないとできないカラーが多く手間がかかる点も魅力です。印刷するからこそ見えるアウトプットだなと思います。

そもそも映像って電子機器を通してでないと見えないと思うのですが、この手法だと触ったり誰かに渡したりすることができるんですよね。目に見えていたものを形として残すことができるのは、現代において新旧の掛け合わせとしても面白いのかなと思います。

報道ステーションや道後オンセナートなどの起用について

色々リサーチした上で新たな表現方法を生み出したのですね!
では、そういった経緯を踏まえて、報道ステーションでのオープニング映像・ビジュアル起用についてはどのようにつながっていったのでしょうか。

リソグラフアニメについて試行錯誤している頃、ちょうど”映像作家100人2021”のトレーラー※3を作らないかと声をかけていただいたので手探りながら製作させていただきました。

※3 予告編やプロモーションなどを指す。

▼『映像作家100人2021』のアニメーションを担当

ここで作った映像がテレビ朝日の方の目に留まり、直接連絡をいただいた次第です。自主制作を続けながらSNSで発信していたからこそですね。

また、起用いただいたからこそ、リソグラフという印刷機を使った手法を多くの人が知らなくとも認知をいただけるようになったことは大きかったのかなと思います。

実は小ネタなのですが、あの映像の中に「大街道(愛媛県松山市の商店街名)」をモチーフにしたカットがあるんです。
自分の愛着のある景色であることと、ニュースって自分の身の回りで起きていることを発信したり受信したりする場だと思うので、僕にとっての身近な景色としては「大街道」だなと思って選びました。

テレビ朝日『報道ステーション』のオープニング内にて
愛媛県松山市内にある大街道をイメージして制作されたとのこと。

自分の中で説得力を持たせることが大事だなと常日頃から考えているので、自分のアイデンティティを元に、自分が納得できるようにクリエイティブを生み出していくことは大事ですね。

その後、道後オンセナート2022も、色々なご縁が重なって起用いただけることになりました。
家族がかなり喜んでくれたことも嬉しかったです。

また何よりも、生まれ育った愛媛に関わる仕事をすることで、報われた感じがします。仕事の対価としてお金はもちろんありますが、地元のクリエイティブに関われたことでプライスレスな喜びがあります。

Oka Hiromuさんが10年前の自分に伝えたいこと

報われるとはどういった感じなのでしょうか。

自分の好きを継続しているうちにバラバラだった点と点が1本の線になっていく感覚ですかね。

若いうちってなかなか認められないと思いますし、周りと比べてしまうこともあると思うんです。

だからこそ、成し遂げたい、といった前向きな気持ちと強い意志がないとなかなか続けることは難しいんじゃないかなと感じています。

確かに、そういった思いを持った方が多い気がします。
同時に、報われないことへのフラストレーションが溜まることが20代のうちにはあるのかなと思うのですが、その点はどう思いますか。

とにかく継続したほうがいいかなと思います。報われたいけど報われない、その時間はめちゃくちゃ成長できるので、ネガティブに捉えずに「今自分って成長してるんだ」と、自己暗示をかけてとにかくジタバタしてみてください。

しんどくなったらたまに立ち止まってもいいですし、もし自信がなくなったら僕を参考にして欲しいです。

僕は大学と全然関係のない学部から映像業界に飛び込みました。もちろんスキルはゼロだったので、毎日もがいて怒られて自信を失うことも多々ありました。

「学生の頃からデザインの勉強をしていれば。美術系の学校に通っていれば。」と、自分と同い年なのにメキメキ活躍している人たちを見ては自分には遅すぎたと、何回も思いました。

それでも好きを原動力にして継続してきたことで、結果的に今、このようにさまざまなお仕事をいただいています。詰まるところ、何をするにしても遅すぎることはないと思っています。

自分の気持ちに正直に、ひたすらに好きを突き詰めていくと、いつか報われる瞬間がきっとあると思うので。その気持ちは大事にしつつ、焦るな!と言いたいですね。

何に焦っているか、誰と比較をしているのかを考えて、自分が目標としたい人の人生をなぞってみて参考にすると、目の前のやるべきことや道筋が整理されて、焦る気持ちが若干減るんじゃないかと。

僕もそういった気持ちがずっとあったので、いつかこういった形で報われたときに絶対に言おうと思っていたので(笑)
今、伝えることができて良かったです。

ずっと伝えたかったことなのですね!今、伝えていただきありがとうございます。
Oka Hiromuさんは9月からイギリスにしばらく移住するとお伺いしていますが、渡英後に成し遂げたいことは何かありますか?

そうですね、現地のスタジオにてフルタイムで1年以上働くことですね。

成し遂げたいというか、英語が話せないことを理由にいつもチャンスが目の前で消えていくのが本当に辛かったんです。それを改善したいという一点に尽きます。

本場に身を置くことと、いつか行きたいと思っていた海外に挑戦できる機会をようやく得ることができたと思っています。

そうだったのですね。
話は変わりますが、そんなOka Hiromuさんにとって「愛媛」とは何でしょうか。

自分を見つめやすい場所なのかなと思います。

東京は何にでもなれる場所だと思うのですが、愛媛は手に届くものが近くにないからこそ、自分と対話する機会も増えるんじゃないかと。自分は何をしたいんだろう、自分の好きはなんだろうといったように、自分を見つめられる場所なんじゃないかと思います。

だからこそ、そういった環境の愛媛出身であることは誇りですね。いつでも帰る場所がありますから。あとは賃貸が安く、山や海にすぐ行くことができて気候も穏やかで災害も少ないので、移住の場所としてもいいんじゃないでしょうか。立地としてもクリエイターに向いていると思います。

最後に

今後の目標について教えてください!

映像とは違うことにチャレンジしてみたいなと思っています。僕の軸は「映像」なのですが、その映像に生かすためにも自分の感性の幅をどんどん広げていきたいなと思っているので、今までやってこなかったことに触れてみたいです。

ただ、これからも表現することには関わっていきたいなと思っています。

ありがとうございました。最後に一言お願いします!

20代は焦ると思うのですが、焦るな!ですかね!(笑)
継続していればいつか何かしらの形で報われると思うので、そのまま突き進んでいいのではないかな、と思います。

risa / Writer 

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コメント

コメント一覧 (1件)

  • 読み応えのある素晴らしい記事ですね。私も好きをきっかけに継続してみたいと思いました!

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